TOCが教える地方スーパー再生の全戦略 第14章 – 「第三の道」

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ユースプロジェクトの誕生

「これが『まるっとユースプロジェクト』の概要です」

6月中旬、美咲は「まるっと」の役員会で、新しい企画書を示していた。参加者は陽介、健太、森本、それに最近「まるっと」の顧問に就任した父・正彦だった。

美咲は、前月までの苦境と葛藤を経て、新たな打開策を見出していた。それが「ユースプロジェクト」だった。

「このプロジェクトの核心は、地域の若者を事業の中心に据えること。彼らの視点やエネルギーを活かしながら、私たちの直面する様々な課題を解決していくものです」

美咲はスライドを進めた。そこには小林みどりさんの孫・優子をはじめ、地元高校の生徒たち、東京から地方移住を検討している若者たちの写真が並んでいた。

「前回の役員会で報告した通り、『まるっと農園』の開業準備、行政との連携、人材確保、資金繰り…様々な面で課題に直面しています。しかし、そうした中で一つの光明が見えてきました」

美咲は優子との出会いについて語った。彼女のような若者が「まるっと」のビジョンに共感し、積極的に関わろうとしていること。そして、そうした若者のエネルギーと視点こそが、彼らの直面する制約を乗り越える鍵になるかもしれないということ。

「具体的には、三つの柱からなるプロジェクトです」

美咲は説明を続けた。

一つ目は「まるっと農園ユースインターンシップ」。地元高校や農業大学の学生を受け入れ、彼らに実践的な学びの場を提供すると同時に、人材不足という制約を緩和するもの。

二つ目は「まるっとキッチンユースラボ」。若者の食の嗜好や消費傾向を理解し、新商品開発に活かすための共創プロジェクト。

三つ目は「地方創生ユースネットワーク」。東京の若者と地方の若者をつなぎ、共に地域の課題解決に取り組むプログラム。

「この『ユースプロジェクト』を通じて、単なる『労働力』ではなく、彼らの『視点』こそが私たちに必要なものだと気づきました」

美咲はそう語り、役員たちの反応を見守った。

父の正彦が口を開いた。

「若者を中心に据えるというのは、斬新な視点だな。従来の地方創生は、どちらかというと高齢者対策が中心だったからね」

健太も興味を示した。

「僕も応援したいです。実は、森本さんの孫の美香さんも興味を持ってくれていて…」

森本が少し照れたように言った。

「美香が?あの子、最近大学で農業経営を学んでると言ってたが…」

「はい、優子さんと同じ大学なんです。二人は同級生で、優子さんから『まるっと』のことを聞いて、関心を持ったようです」健太が説明した。

陽介も前向きな反応を見せた。

「このプロジェクトなら、『まるっと農園』の季節変動問題にも対応できるかもしれないね。学生は夏休みなどの長期休暇中に集中的に参加してもらえるし」

美咲は嬉しそうに頷いた。

「そして何より、若者たちは行政や地域との連携においても、新鮮な風を吹き込んでくれると思うんです。実際、優子さんのお陰で、町役場の若手職員とのパイプができました」

役員会は満場一致で「まるっとユースプロジェクト」の推進を決定した。

翌週、美咲は優子をプロジェクトリーダーに任命し、彼女を中心に具体的な実施計画が練られていった。

「こんなにたくさんの仲間が集まってくれるなんて…」

優子が企画した「まるっとユース説明会」には、予想を上回る20名の若者が参加した。地元の高校生から大学生、さらには東京から移住を検討している若者まで、多様な背景を持つ参加者だった。

「みなさんにとって『まるっと』は、単なるアルバイト先ではなく、自分たちの可能性を試せる実験場であり、将来のキャリアを考える上での貴重な経験になるはずです」

美咲はそう語りかけ、若者たちの目が輝くのを感じた。

「ユースプロジェクト」は、想像以上のスピードで形になっていった。若者たちは既成概念にとらわれない発想で、様々なアイデアを生み出した。

「まるっとユースマルシェ」は、彼らが自ら運営するマーケットとして月一回開催され、オンラインショップと連携した販売システムも構築された。

「ユース農業体験プログラム」は、陽介の指導のもと、農業初心者でも楽しめるカリキュラムとして整備された。

「ユースキッチンラボ」では、健康志向の若者向けメニューや、SNS映えする商品開発が進められた。

7月末、「まるっと農園」は当初の予定より遅れたものの、「ユースプロジェクト」を中心的要素として無事オープンした。

「若者の力を借りることで、単なる農業体験施設ではなく、世代を超えた交流の場として、より豊かな場所になりました」

オープニングセレモニーで美咲はそう語りかけた。彼女の横には、誇らしげな表情の優子が立っていた。

「制約を乗り越えるには、そこに新しい視点と価値を見出す必要があります。若者の視点こそが、私たちの『第三の道』だったのです」

美咲の言葉には、苦境を乗り越えてきた実感と、新たな発見の喜びが込められていた。

若者の視点という宝

8月上旬、「まるっと農園」は連日の賑わいを見せていた。

「想定を20%上回る来場者数です」

優子が嬉しそうに報告した。美咲と陽介も予想以上の盛況に驚きながらも、若者たちのエネルギーに支えられているとの実感を深めていた。

特に注目すべきは、来場者の年齢層の広がりだった。当初は主に高齢者や子育て世代を想定していたが、実際には10代後半から20代の若者も多く訪れていた。

「若者が若者を呼び込む…この好循環は予想外でした」

美咲が感心して言うと、優子は得意げに説明した。

「私たちの強みはSNSでの情報発信です。インスタグラムやTikTokを使って、リアルタイムの農園の様子を発信することで、同世代の興味を引くことができるんです」

確かに、「まるっと農園」の公式SNSアカウントは活発に更新され、若いスタッフたちの顔が見える情報発信が功を奏していた。収穫の瞬間、料理教室の様子、日没時の美しい農園風景など、彼らの視点で切り取られた投稿は多くの共感を呼んでいた。

「若者の視点が生み出す価値って、本当に素晴らしいわね」

美咲はあるエピソードを思い出していた。「まるっと農園」の案内パンフレットを作る際、当初は美咲たちが考えた「伝統と革新が調和する農業体験」という堅いコンセプトだった。しかし、優子たちが提案した「土に触れる、人と繋がる、未来を育てる」というシンプルなメッセージの方が、はるかに多くの人の心に響いたのだ。

陽介も若者たちとの協働から多くを学んでいた。

「僕は彼らから『農業の新しい価値』を教えられているよ」

彼が言うには、従来の農業は「効率」や「品質」が重視されていたが、若者たちは「体験価値」「ストーリー性」「共創」といった、全く異なる視点で農業を捉えていた。それは彼にとって、目からウロコの発見だった。

「例えば、不揃いな野菜を『欠陥品』と見るのではなく、『個性』として価値付けする発想。これは『畑の宝石箱』をさらに発展させるヒントになった」

また、ユースプロジェクトの中から、「まるっと」の事業全体に波及する新しいアイデアも生まれていた。

その一つが「デジタルとアナログの融合」だった。若者たちはテクノロジーに明るい一方で、リアルな体験も重視する傾向があった。彼らの提案で、QRコードを活用した農産物のトレーサビリティシステムが導入され、消費者は簡単にその野菜の生産者情報や栽培方法を知ることができるようになった。

「これぞまさに『ハイタッチ・ハイテック』の進化形ね」美咲は感心した。

もう一つの発見は、「多世代交流」の価値だった。当初は若者向けプログラムとして始まったものが、実際には高齢者と若者の交流の場として機能していた。料理教室では、地元のお年寄りが若者に伝統料理を教え、若者は新しいアレンジを提案するという相互学習が自然に生まれていた。

「若者の視点は、私たちが当たり前だと思っていたことを問い直してくれる。それがイノベーションの種になるんですね」

美咲はこの気づきを、「まるやま」と「まるっと」の全体運営にも活かそうと考えた。

「世代を超えた『チーム編成』の重要性」

彼女は新たな組織構造を提案した。従来の部署別・機能別の組織ではなく、各プロジェクトに若手とベテランを意図的に混在させるチーム編成だ。

「例えば、『朝採れ朝市チーム』には、森本さんの商品知識と、優子さんのSNS発信力を組み合わせる。『まるやまキッチンチーム』には、母の料理スキルと美香さんの栄養学の知識を…」

この「クロス・ジェネレーション・チーム」という概念は、各世代の強みを活かしながら、世代間の知識伝達と相互学習を促進するものだった。

「若者の視点という宝を発掘したことで、私たちのビジネスモデル全体が進化しました」

美咲は、事業報告書にそう記した。彼女はユースプロジェクトを通じて、「若者を教育・育成する対象」としてではなく「共に価値を創造するパートナー」として捉える視点を得たのだ。

その姿勢が若者たちの自主性と責任感を引き出し、「まるっと」全体に新しい風を吹き込んでいた。

「まるっとアカデミー」構想

「『まるっとアカデミー』…素晴らしいアイデアですね」

9月上旬、西川融資担当者は美咲の新たな提案に目を輝かせていた。彼らは「まるっと」の事業計画見直しのミーティングの最中だった。

「はい、『まるっと』の次の展開として構想しています」

美咲が説明した「まるっとアカデミー」は、TOCや地方創生の知恵を学び、実践するための教育プログラムだった。単なる座学ではなく、「まるやま」と「まるっと」を実践の場として活用し、理論と実務を融合させる点が特徴だった。

「これまでの私たちの失敗と成功、学びの過程を、次世代に伝えていきたいと考えています」

彼女の構想は具体的だった。対象者は三つのカテゴリー。一つ目は地方で事業承継に直面している若者たち。二つ目は都市部から地方移住を検討している人々。三つ目は地域活性化に関わる行政職員や企業関係者。

「『制約を武器に変える』思考法を体系的に学び、実践できるプログラムです」

美咲の情熱は、「まるっとアカデミー」構想に込められていた。

「素晴らしい構想です。しかし…」西川は少し懸念も示した。「現在の『まるっと』の体制で、新たな事業展開は可能なのでしょうか?特に、中核となる人材の確保が課題だと思います」

それは的確な指摘だった。実際、美咲と陽介は既に手一杯の状態で、新たなプロジェクトをリードする余裕は乏しかった。

「その点については、私自身の役割を再定義することで対応したいと考えています」

美咲は自分の考えを説明した。

「これまで私は『まるやま』と『まるっと』の経営者として、現場の指揮も担ってきました。しかし、若手スタッフの成長や事業の安定化に伴い、私は『戦略立案』と『知識伝承』に軸足を移したいと考えています」

つまり、日常の業務運営は健太や優子らに任せ、自身は「まるっとアカデミー」の立ち上げと運営、そして新たな地方創生モデルの開発に注力するという方向性だ。

「それは、コンサルタントのような立ち位置ですね」西川が理解を示した。

「はい、いわば『地方創生コンサルタント』としての役割です。東京と地方を行き来する生活も、その文脈で捉え直すと意味が変わります」

美咲は続けた。「これまで『二拠点生活の限界』に悩んでいました。しかし、私の役割を『現場の経営者』から『地方と都市をつなぐ架け橋』へと再定義することで、むしろ二拠点を往来することが強みになるのです」

西川は深く頷いた。

「なるほど…制約だと思っていたものを、強みに変える。まさにTOCの本質ですね」

「はい。そして『まるっとアカデミー』は、その知恵を多くの人に伝える場になるのです」

美咲の情熱と論理的な説明に、西川は全面的な支援を約束した。

その日の夕方、美咲は陽介に「まるっとアカデミー」構想について詳しく話した。

「あなたと二人三脚で進めたいの。あなたの農業の知恵と実践力、私のマーケティングとTOCの知識…それらを融合させた独自のカリキュラムを作りたいの」

陽介は興味深そうに聞いていた。

「いいね、その構想。実は僕も最近、若い農業者から相談を受けることが増えてきてたんだ。彼らに体系的に知識を伝える場があれば素晴らしいと思っていた」

二人の会話は具体的なプログラム内容へと移っていった。

「例えば、一週間の集中講座と、その後の三ヶ月間のオンラインフォローを組み合わせる形式はどうかな」

「それいいわね。実践と振り返りのサイクルを回せる」

「カリキュラムの三本柱として、『TOCの基礎と応用』『地域資源の発掘と活用』『持続可能なビジネスモデル構築』はどうだろう」

彼らの対話から、「まるっとアカデミー」の姿がより鮮明になっていった。

10月には早速パイロットプログラムを実施することになった。対象は、地元の商業高校の生徒と、SNSで募集した地方創生に関心のある東京の若者たち。合計15名の少人数で、「まるやま」と「まるっと農園」を舞台に、三日間の集中講座を実施した。

「制約理論では、システムの目標達成を妨げるのは、たった一つの制約だけだと考えます。では、皆さんのプロジェクトにおける制約は何でしょうか?」

美咲がTOCの基本概念を説明する傍らで、陽介は農園で「畑の宝石箱」の実践的ワークショップを行い、森本は商品開発の秘訣を伝授した。

パイロットプログラムは予想以上の成功を収め、参加者からは「理論と実践のバランスが素晴らしい」「地方創生の具体的なイメージが掴めた」との声が寄せられた。

「これは本格的に展開する価値がありますね」

パイロットの結果を見た西川は、来年度からの正式プログラム立ち上げに向けた資金調達を支援する意向を示した。

「まるっとアカデミー」構想は、美咲と陽介にとって新たな挑戦であると同時に、これまでの学びを統合し、次の世代に伝えるという意味で、彼らの旅の集大成でもあった。

地方創生コンサルタントとしての実績

「美咲さんのおかげで、私たちの町も変わりつつあります」

11月中旬、隣町の町長がそう語るのを聞きながら、美咲は自分の新たな役割が確立されつつあることを実感していた。

「まるっと」の成功事例が知られるにつれ、近隣の自治体や商工会からの相談が増えていた。特に「まるっとユースプロジェクト」のモデルは、若者流出に悩む地方自治体から大きな関心を集めていた。

「いえ、成功の鍵は地域の方々自身の中にあります。私はただ、その気づきのお手伝いをしているだけです」

美咲は謙虚に答えた。しかし実際には、彼女の「地方創生コンサルタント」としての活動は、着実に実績を上げつつあった。

隣町では、美咲のアドバイスをもとに「商店街リノベーションプロジェクト」が始動し、空き店舗を活用した若者向けチャレンジショップが生まれていた。

また県内の別の地域では、「クロス・ジェネレーション・チーム」の考え方を応用した伝統工芸の後継者育成プログラムが始まっていた。

「美咲さんの強みは、東京の視点と地方の現実をバランス良く理解していることです」

ある市の商工観光課長はそう評した。

「多くのコンサルタントは都市部の成功事例を地方に押し付けがちですが、美咲さんは地域の文脈を尊重した上で、新しい視点を提供してくれます」

こうした評価を受け、美咲の活動範囲は広がり続けていた。しかし同時に、「まるやま」と「まるっと」の本業とのバランスをどう取るかという課題も生じていた。

「あなた、最近少し疲れてない?」

陽介が心配そうに尋ねたのは、美咲が連続した出張から戻った夜のことだった。

「大丈夫…まあ、少し無理してるかもしれないけど」

美咲は正直に答えた。彼女の新たな役割への移行期にあり、従来の経営者としての責任もあれば、コンサルタントとしての依頼も増えていた。

「TOCを教えながら、自分自身が『時間』という制約を管理できていないのは矛盾してるわね」

彼女は自嘲気味に笑った。

「そろそろ、本格的な『役割移行』を進めるべきタイミングかもしれないね」陽介が提案した。

「うん…そうね」

二人は真剣に話し合った。美咲の新たな役割を明確化すると同時に、「まるやま」と「まるっと」の日常運営を、健太と優子を中心としたチームに移譲していく計画だ。

美咲は徐々に「オーナー兼コンサルタント」という立ち位置に移行し、経営の意思決定には関わりつつも、日々の業務からは距離を置くことになった。

「責任を委譲することは、実は自分自身にとっても、組織にとっても成長の機会なんだわ」

美咲はそう気づき、「まるやま」と「まるっと」の次世代リーダーの育成に力を注ぎ始めた。健太は「まるやま」の店長から「まるっと」の執行役員へとステップアップし、優子は「ユースプロジェクト」の責任者として経営会議にも参加するようになった。

「地方創生コンサルタント」としての美咲の評判は、やがて県境を越えて広がっていった。東京の広告代理店時代の人脈も活かし、都市部の企業と地方をつなぐプロジェクトも手がけるようになった。

「美咲さんは『翻訳者』なんです」

ある経済誌のインタビューで、彼女と仕事をした大手食品メーカーの役員はそう表現した。

「都市と地方、企業と生産者、若者と高齢者…異なる文化や言語を持つ人々の間を取り持ち、互いの価値を『翻訳』して伝える。それが彼女の最大の才能です」

12月上旬、美咲は東京から戻る新幹線の中で、その記事を読みながら感慨深く窓の外を眺めていた。

「翻訳者…確かにそうかもしれない」

彼女は自分の役割をそう定義することに納得していた。それは彼女が長い間探し求めてきた「第三の道」だったのかもしれない。

東京か地方か、キャリアか家族か、経営者かコンサルタントか…そうした二項対立を超えて、双方の価値を橋渡しする役割。それは制約のように見えていた「二つの世界の間に立つ」という立場を、むしろ最大の強みに変える道だった。

「制約を武器に変える…私自身がその実践者になったわけね」

美咲は微笑んだ。車窓からは雪化粧した田畑と山々が見え始めていた。もうすぐ故郷だ。そして彼女の心には、かつてないほどの充実感と安らぎがあった。