
田中との「未来実現図」
「一緒に『未来実現図』を描いてみない?」
6月中旬の土曜日、美咲と陽介はまるやま見晴らし台で、夕暮れ時の景色を眺めていた。二人の関係は自然と深まり、最近では休日は必ずともに過ごすようになっていた。
陽介の質問に、美咲は少し不思議そうな表情を見せた。
「未来実現図?TOCの手法の一つよね」
「そう。目標から逆算して、現在取るべき行動を考える方法」陽介は頷いた。「でも、今回は仕事のためじゃなくて…」
彼は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「僕たちの未来について考えるために使えないかなって」
美咲は陽介の意図を理解し、頬が少し赤くなるのを感じた。二人の関係は、互いの存在なしでは考えられないほど重要なものになっていた。それでも、具体的な将来については、まだ明確な会話を交わしていなかった。
「いいわね…やってみましょう」
美咲は素直な気持ちで答えた。
二人は次の日曜日、一日かけて「二人の未来実現図」のワークショップを行うことにした。場所は陽介の農園の小さな東屋。心地よい初夏の風が吹く中、二人は大きな紙を広げた。
「まずは、5年後の理想の状態を具体的に書き出してみよう」陽介が提案した。
二人はそれぞれ、5年後に実現していたい状態を付箋に書き出していった。
美咲の付箋:
- 「まるっと」が地域の食と農を支える中心的存在になっている
- 東京と地方を行き来する柔軟な働き方が定着している
- 「まるっと農園」が食育の場として地域に根付いている
- 経済的にも精神的にも安定した生活を送っている
- 家族との時間を大切にしている
陽介の付箋:
- 「まるっと農園」で持続可能な有機農業を実践している
- 次世代の農業者を育成するメンターになっている
- 地域全体の食料自給率を高める活動をしている
- 仕事と生活のバランスが取れている
- 自分の家族を持っている
二人で付箋を見比べると、多くの共通点があることに気づいた。特に「まるっと農園」を通じた地域貢献と、仕事と生活のバランスへの願いは共鳴していた。
「あなたも『家族』について書いてるのね…」
美咲が陽介の最後の付箋を指さすと、彼は少し照れたように笑った。
「うん…具体的に考えていきたいと思ってるんだ」
その言葉に、美咲も心がときめくのを感じた。
次に、二人は理想の状態から逆算して、そこに至るための「中間目標」を設定していった。3年後、1年後、半年後…といった具合に、時間軸を遡りながら必要なステップを考えていく。
その過程で、いくつかの「障害」や「制約」も明らかになった。
- 二拠点生活の肉体的・精神的負担
- 「まるやま」の累積債務
- 「まるっと農園」開設のための資金調達
- 二人の仕事と家庭のバランス
- 美咲の両親や地域の理解
「これらの制約をどう乗り越えるか…」
美咲は真剣な表情で考え込んだ。
「TOCの基本に戻ると、制約は『問題』ではなく『システムを管理するレバレッジポイント』なんだよね」陽介が言った。
「そう、だから一つずつ向き合っていくべきね」
二人は一つの制約に焦点を当て、それを乗り越えるための具体的なアクションを考えていった。
例えば「まるやま」の累積債務については、「第二会社方式」を通じた段階的な資産と事業の移管が解決策として浮かび上がった。美咲はすでに西川融資担当者と相談しながら、その実現可能性を探っていた。
「二拠点生活の負担」については、勤務形態の見直しやテクノロジーの活用だけでなく、将来的には「拠点の一本化」も視野に入れる必要があった。
「東京と地方のどちらかを選ぶのではなく、二つの価値を融合させる道を探りたい」
美咲の言葉に、陽介も深く頷いた。
そして、「二人の未来」についても、率直な対話が交わされた。
「美咲…5年後、一緒に家族として生きていたいと思ってる」
陽介が真摯な眼差しで言った。
「私も同じよ」
美咲は微笑みながら答えた。二人は具体的な結婚の時期や家族計画についても話し合った。互いのキャリアを尊重しながらも、共に過ごす時間も大切にしたいという願いを共有した。
夕方になり、大きな紙には二人の「未来実現図」が完成していた。理想の未来から現在へと遡る矢印、途中に立ちはだかる制約、それを乗り越えるためのアクション…複雑だが、明確なビジョンが形になっていた。
「これが私たちの『持続可能な幸せ』への道筋ね」
美咲はそう言って、陽介の手を握った。
「TOCって、仕事だけじゃなく人生にも応用できるんだね」
「そうね。『制約を武器に変える』という考え方は、人生のあらゆる場面で活きるわ」
東屋から見える夕陽が、二人の未来実現図を優しく照らしていた。
結婚と事業承継の両立
「結婚おめでとう!」
9月上旬、まるやまスーパーのバックヤードに、スタッフたちの歓声が響いた。美咲と陽介は婚約を正式に発表したのだ。
「いつから付き合ってたの?」 「式はいつ?どこで?」 「子供はすぐ欲しいの?」
質問が飛び交う中、二人は照れくさそうに笑っていた。
「付き合い始めたのは正式には言えないけど…」美咲が言いかけると、森本が茶々を入れた。
「『朝採れ朝市』の頃から怪しかったぞ!」
一同の笑い声の中、美咲は続けた。
「結婚式は来年の春を予定しています。そして…」
彼女は少し真剣な表情になった。
「結婚と同時に、私たちの『まるっと』計画も新たな段階に入ります。今日は、その話もしたいと思います」
場の雰囲気が少し引き締まった。
美咲は「まるやまスーパー」と「まるっと」の今後について説明した。これまでの取り組みにより、まるやまの月次収支は黒字化し、POSシステムの導入や台風からの復興も成功した。しかし、過去の累積債務はまだ大きな負担となっていた。
「そこで、『第二会社方式』を本格的に実行することにしました」
彼女は「第二会社方式」の概要を説明した。これは既存の債務を抱えた会社からスムーズに事業を継続する手法の一つで、新会社に資産や事業を段階的に移管していくものだ。
「『まるっと』を正式に設立し、まるやまスーパーの事業を徐々に移管していきます。最終的には、5年後をめどに統合または清算することを視野に入れています」
スタッフたちからは不安の声も上がった。
「私たちの雇用はどうなるの?」山田が心配そうに尋ねた。
「全員に『まるっと』での雇用を保証します」美咲は即答した。「むしろ、新会社では各自の強みをより活かせる役割を用意したいと考えています」
「例えば、山田さんは『顧客サービス部門』のリーダーとして、森本さんは『食材調達・品質管理部門』のディレクターとして…」
具体的な役割とキャリアパスを示すことで、スタッフたちの不安は徐々に和らいでいった。
質問が一段落したところで、美咲は父の正彦と母の静子にも言及した。
「お父さんには『まるっと』の会長として、長年の経験と知恵を活かしてもらいます。お母さんには『まるやまキッチン』のメニュー開発責任者として、引き続き力を発揮してほしいと思っています」
両親も満足そうに頷いた。
「君たちの考えた計画なら、安心して任せられるよ」
父の言葉に、美咲は感謝の気持ちで一杯になった。
ミーティングの後、美咲と陽介は二人きりになり、これからの課題について話し合った。
「『第二会社方式』は法的な手続きが複雑だね」陽介が言った。
「ええ、だから専門家のサポートが必要なの。西川さんを通じて、中小企業診断士と弁護士を紹介してもらったわ」
「資金面は?」
「新会社設立の初期資金は、『まるっと農園』のクラウドファンディングと、東京での収入から捻出する予定よ。それと…」
美咲は少し躊躇ってから続けた。
「東京の仕事のあり方も変えようと思うの」
「どういうこと?」
「毎週通うのではなく、月に1週間程度の集中勤務に変更するよう交渉中なの。それ以外はリモートワークで対応する」
陽介は理解を示すように頷いた。
「それなら体力的な負担も減るね。でも、収入は…?」
「多少減るけど、その分『まるっと』での活動に注力できるから、トータルでは問題ないと考えているわ」
二人は、結婚生活と事業承継の両立という課題に、現実的かつ前向きに向き合っていた。
「結婚は個人的な決断だけど、同時に事業の未来にも関わることなんだね」陽介が感慨深げに言った。
「そう…私たちの場合は特にね」美咲は微笑んだ。「でも、それがむしろ良いと思うの。個人の幸せと社会的責任が重なり合うから」
「TOCで言うところの…『全体最適』?」
「まさにそう!私たちの幸せもビジネスも、両方を同時に最適化する道を探っていきたいの」
美咲のこの言葉には、個人と社会のバランス、仕事と生活の調和を目指す彼女の思想が凝縮されていた。
第二会社方式の実行
「まるっと株式会社、正式設立おめでとうございます」
11月初旬、西川融資担当者が新会社の登記簿謄本を手に、美咲と陽介に祝いの言葉を述べた。
「ありがとうございます。ここまで来られたのも、西川さんのサポートのおかげです」
美咲は深々と頭を下げた。
新会社「まるっと」の設立は、彼女と陽介の「未来実現図」における重要なマイルストーンだった。
設立時の株主構成は、美咲30%、陽介30%、美咲の父親20%、そして残り20%を健太と森本をはじめとする主要スタッフで分け合うという形だった。
「従業員持株制度を取り入れたのは、素晴らしい決断です」西川が評価した。「オーナーシップの共有が、組織の一体感を生みますからね」
彼らの事務所では、弁護士と中小企業診断士も交えて、「第二会社方式」の具体的な進め方が議論されていた。
「まず第一段階として、『まるっとキッチン』と『朝採れ朝市』の事業を新会社に移管します」
美咲は計画を説明した。
「これらは比較的独立した事業単位で、かつ将来性の高い分野です。段階的に移行することで、リスクを分散させます」
弁護士が補足した。
「その際、従業員の雇用継続や取引先との関係維持に十分配慮する必要があります。スムーズな移行のためのコミュニケーション計画も重要ですね」
議論は、資産移転の方法、税務上の考慮事項、債務の取り扱いなど、技術的な側面にも及んだ。複雑な内容だったが、美咲と陽介は真剣に聞き入った。
「『第二会社方式』の難しさは、新旧の会社間のバランスを取りながら、全体としての事業継続性を保つことです」中小企業診断士が説明した。
「まるやまスーパーの経営を犠牲にして『まるっと』だけを成長させるのではなく、両社が共存する期間を設け、段階的に移行することが重要です」
美咲は頷いた。
「はい、私たちも同じ考えです。特に『まるやま』のスタッフや常連客に不安を与えないよう、慎重に進めたいと思います」
この日から、具体的な移行作業が始まった。
最初に手がけたのは「まるっとキッチン」の法人化だった。これまで「まるやまスーパー」の一部門だった惣菜コーナーを、「まるっと」の第一事業として正式に位置づける。
静子を中心とした調理スタッフは、そのまま新会社に雇用を移し、メニュー開発権も「まるっと」に譲渡された。
「お母さん、『まるっとキッチン』の食品開発部長として、正式に辞令を出すわね」
美咲は母に半ば冗談めかして言ったが、静子は嬉しそうに受け止めた。
「まさか私が『部長』になるなんてね。一生懸命頑張るわ」
次に「朝採れ朝市」と「畑の宝石箱」が新会社に移管された。陽介のアイデアで、これらを統合して「まるっとマルシェ」として再構築。単なる販売の場ではなく、生産者と消費者を結ぶコミュニティの場として発展させる構想だった。
店舗スペースについては、当面は「まるやま」から「まるっと」への賃貸という形を取ることになった。「まるっとキッチン」コーナーや「まるっとマルシェ」スペースの使用料を支払うことで、「まるやま」にも安定した収入をもたらす仕組みだ。
「本当にすべて考えつくされているのね」
移行計画を見た山田が感心した様子で言った。
「いいえ、まだまだです」美咲は率直に答えた。「予期せぬ問題も必ず出てくると思います。だから、常に調整しながら進んでいく必要があるんです」
健太も自分の役割を前向きに受け止めていた。
「『まるやま』と『まるっと』の橋渡し役として、私ができることがあれば何でも言ってください」
彼は「まるやま」の店長としての役割を維持しながらも、「まるっと」の取締役として経営にも参画することになった。
11月下旬、「まるっとキッチン」のグランドオープンが行われた。新メニューの開発、パッケージの刷新、そして少数ながら配達サービスの開始など、新たな試みが始まった。
常連客からは「より洗練された印象になった」「美味しさはそのままで、選択肢が増えた」といった好意的な反応が多く、売上も順調に伸びていった。
「第二会社方式」の実行は、美咲と陽介の結婚準備と並行して進められた。二人の人生と事業が、同じ方向に向かって進化していくプロセスだった。
東京でのプレゼンテーション
「城山さん、素晴らしいプレゼンでした」
12月中旬、東京のある大手食品メーカーの会議室で、美咲は役員たちからの拍手を受けていた。
彼女は「地方創生と食の未来」というテーマで、「まるっと」の取り組みを紹介するプレゼンテーションを行ったのだ。
「ありがとうございます。私たちの小さな試みにご関心をいただき、光栄です」
美咲の東京での立ち位置は、この一年で大きく変化していた。かつては広告代理店の一社員だった彼女が、今や「地方と都市をつなぐフードキュレーター」として、独自の存在感を示すようになっていた。
会議室を出ると、江口が声をかけてきた。
「さすがだね。役員たちが食いつくのが見えたよ」
「江口さんの紹介があったからこそです」
「いやいや、君自身の実績があるからだよ。『まるっと』の取り組みは、多くの企業が求めている『真の地方創生』のモデルケースになりつつある」
彼は続けた。
「それに…君自身も変わったね」
「そうでしょうか?」
「うん、以前の美咲は『完璧を目指す』タイプだった。いつも緊張していて、弱みを見せることを恐れていた」
江口は少し懐かしむように言った。
「でも今は、自分の経験や失敗も含めて、率直に語れるようになった。それが逆に説得力を生んでいる」
美咲は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「『制約を武器に変える』…私自身の弱さも、正直に認めることで強みになると気づいたんです」
この日のプレゼンテーションは、大手食品メーカーとの協業プロジェクトを目指したものだった。地方の優れた食材を都市部に届けるための新たな流通モデルと、「まるっと農園」での体験プログラムを組み合わせた企画提案だ。
役員たちからは多くの質問が投げかけられたが、美咲はそのすべてに誠実に答えた。特に印象的だったのは、「失敗からの学び」について質問されたときの彼女の返答だった。
「私たちは、台風被害からの復興過程で大きな学びを得ました。『コミュニティの力』こそが、地方の最大の資産だということです」
彼女は、被災時のSNS発信と地域からの自発的な支援の話を率直に語った。それは単なる成功物語ではなく、危機に直面した経営者としての葛藤や、弱さを見せる勇気についての話でもあった。
「その経験から、私たちは『持続可能性』の本質を考え直しました。それは単に『長く続く』ということではなく、『危機に適応できる回復力』を持つということなのです」
美咲のこの言葉が、役員たちの心に響いたようだった。
プレゼンテーション後、美咲は新宿のカフェで陽介とビデオ通話していた。
「うまくいったみたいね」画面越しの陽介が嬉しそうに言った。
「ええ、予想以上に。でも…」
「でも?」
「やっぱり早く帰りたいな」美咲は素直な気持ちを伝えた。「東京での仕事は刺激的だけど、心が落ち着くのは…」
「こっちなの?」陽介が優しく笑った。
「そう。あなたがいる場所…私たちが一緒に育てている『まるっと』がある場所」
「明日の新幹線、楽しみにしてるよ」
「私も」
画面を閉じた後、美咲は窓の外の東京の夜景を眺めた。かつては憧れだったこの都市の光も、今は少し違って見える。美しいけれど、少し距離を置いて眺めたい存在になっていた。
彼女のスマートフォンに、新たなメールが届いた。さっきのプレゼンに同席していた食品メーカーの役員からだった。
「今日のお話、大変感銘を受けました。ぜひ具体的な協業について、年明けに詳細を詰めさせてください」
彼女は静かな喜びを感じながら、クリスマスプレゼントとして陽介に渡す予定の伝統工芸品を選びに、銀座へと向かった。
持続可能な幸せのためのTOCリズム
年末も近づき、まるやまスーパーとまるっとは「年末特別企画」で賑わっていた。地元産の食材を使ったおせち料理セットの予約が好調で、「まるっとキッチン」チームはフル稼働の状態だった。
12月23日、クリスマス・イブの前日。美咲と陽介はようやく二人の時間を作り、夜の静かな時間を過ごしていた。陽介の農家の居間で、二人はストーブを囲み、お互いのクリスマスプレゼントを交換した後だった。
「美咲、最近考えていることがあるんだ」
陽介が穏やかな口調で切り出した。
「なあに?」
「僕たちが描いた『未来実現図』…あれをどうやって『持続可能』なものにしていくか」
美咲は興味深そうに聞き入った。
「TOCは継続的改善のプロセスだけど、同時に『持続可能なリズム』も必要だと思うんだ」
陽介は説明を続けた。
「どんなに素晴らしい目標や仕組みも、それを支える人々のエネルギーや熱意が枯渇してしまったら意味がない」
「そうね…台風後の復興作業で、私たちはそれを身をもって学んだわ」美咲が頷いた。
「だから『持続可能な幸せ』のための『TOCリズム』が必要なんじゃないかと」
「TOCリズム?」
「うん、TOCの継続的改善サイクルを、人生やビジネスに無理なく組み込むための心理的・物理的なリズムのことさ」
陽介は具体的に説明した。
まず「制約特定のリズム」。一日の終わりや週の終わりに、「今、何が最も自分たちの目標達成を妨げているか」を自問する習慣。
次に「制約活用のリズム」。朝の時間を使って、その日の「最も重要な制約」に集中するための計画を立てる。
そして「システム同期のリズム」。定期的なミーティングやタッチベースの場を設け、全体の方向性を確認する。
「最も大切なのは『改善と休息のリズム』だと思う」陽介は続けた。「継続的な改善を追求しながらも、心身を回復させる時間を意図的に作ること」
美咲は感心した様子で聞いていた。
「素晴らしいアイデアね。『TOCリズム』…これなら長期的に続けられそう」
実際、美咲自身も最近、持続可能な生活リズムを模索していた。東京と地方の往復、まるやまとまるっとの両立、陽介との時間…様々な要素のバランスを取ることは容易ではなかった。
「具体的には、どんなリズムがいいと思う?」
二人は、自分たちの生活や仕事に合った「TOCリズム」について話し合った。
一日のリズムでは、美咲の「集中ゾーン」「コミュニケーションゾーン」「リフレッシュゾーン」の区分けを基本に、共有カレンダーで互いの予定を把握し、意図的に「二人の時間」を確保することにした。
一週間のリズムでは、美咲の東京出張を月に一度の集中週にまとめ、それ以外の週は地元での活動に注力。週末は必ず半日以上の「オフタイム」を確保することを約束した。
月間のリズムでは、月初めに「まるっと戦略会議」、月半ばに「進捗確認」、月末に「振り返りと次月計画」という流れを作り、PDCAサイクルを回す仕組みを整えた。
年間のリズムでは、繁忙期(年末年始、お盆)と閑散期を見据えた計画立案と、年に2回の「完全休養週間」の設定。特に美咲の過労経験から、意図的な「充電期間」を設けることの重要性を二人とも認識していた。
「こうやって考えると、『制約』というのは時間的にも変化するのね」美咲が気づいた。「季節によって、プロジェクトのフェーズによって、制約の種類や性質が変わる」
「そう、だから固定的な『解決策』ではなく、変化に適応できる『リズム』が大切なんだと思う」
陽介の言葉に、美咲は深い共感を覚えた。
「『持続可能な幸せ』とは、完璧な状態ではなく、継続的に適応し成長し続けるプロセスそのものなのかもしれないわね」
二人は窓の外に視線を向けた。静かな雪が降り始めていた。
「来年の今頃は、二人で初めてのクリスマスを過ごしているのね」美咲が夢見るように言った。
「うん、そして『まるっと農園』の基礎工事も始まっているはずだ」
「『まるやま』から『まるっと』への移行も、第二段階に入っているでしょうね」
二人は未来を語りながらも、今この瞬間の幸せを噛みしめていた。
「制約を武器に変える…それは同時に、制約と調和して生きることでもあるのね」
美咲のつぶやきに、陽介は静かに頷いた。二人の前には、制約の中にこそ見出だされる持続可能な幸せの道が広がっていた。