
商品構成の見直し提案
「商品構成の見直しから始めたいと思います」
閉店後のミーティングで、美咲は全スタッフに向けて話し始めた。バックヤードの小さな会議スペースに、十人ほどのスタッフが集まっていた。森本は不機嫌そうに腕を組み、後ろの壁にもたれていた。
「まず、現状を共有します」
美咲は準備してきた資料を配った。そこには商品カテゴリー別の売上と粗利益のデータがまとめられていた。
「私たちの店では、全体の粗利率は平均22%です。しかし、特売品は15%を切るものもあります。特に目玉商品として週替わりで出している精肉や鮮魚は、粗利率が10%を下回っています」
「それが何か?」森本が冷ややかに言った。「客寄せのための目玉商品は当然だろう」
「確かにそうです、森本さん。しかし問題は、その目玉商品を買いに来たお客様が、他の商品をあまり購入していないことなんです」
美咲はさらにデータを示した。レシート分析によると、特売目玉商品を含む買い物客の平均購入点数は3.2点。一方、特売品を購入しない客の平均購入点数は6.7点だった。
「つまり、我々は利益の薄い商品で客を呼び、その客たちはほとんど利益につながっていないんです」
スタッフたちの間でざわめきが起こった。
「では、どうするんだい?」健太が率直に質問した。
「2つの対策を提案します。まず、商品構成の見直しです」
美咲は次の資料を配った。そこには、現在の商品を粗利率と回転率(売れ行き)で分類した表があった。
「A:粗利率20%以上で回転率の高い商品…これを『強化すべき商品』とします」 「B:粗利率20%以上だが回転率の低い商品…これを『見直し検討商品』」 「C:粗利率20%未満だが回転率の高い商品…これを『限定特売商品』」 「D:粗利率20%未満で回転率も低い商品…これを『削減対象商品』」
「具体的には、D群の商品を大幅に削減し、その棚スペースをA群の商品に振り分けます。また、B群の商品は、売り方や陳列方法を工夫して回転率を上げる努力をします」
森本が不満そうに口を開いた。
「それじゃあ、常連客の好きな商品がなくなるかもしれないじゃないか」
「その懸念はもっともです」美咲は冷静に応じた。「だからこそ、商品削減の前に、第2の対策として『顧客ミーティング』を開催したいと思います」
「顧客ミーティング?」
「はい。常連客の皆さんに集まっていただき、直接意見を聞く場です。何が必要で、何が不要か。どんな商品があれば便利か。どんなサービスを期待しているか…などを」
山田が手を挙げた。
「それ、いいアイデアね。私たちも日々お客様と話してるけど、改まって意見を聞くのは初めてかも」
「ありがとうございます、山田さん。まずは小林さんをはじめとする常連さん10人程度に声をかけ、試験的に開催してみたいと思います」
多くのスタッフが興味を示す中、森本だけは懐疑的な表情を崩さなかった。
スタッフとの溝
提案から3日後、美咲は最初の「顧客ミーティング」を開催した。店内の一角に簡易的なテーブルとイスを並べ、お茶とお菓子を用意。小林みどりさんをはじめ、8人の常連客が参加してくれた。
「皆さん、お忙しい中ありがとうございます。私は城山正彦の娘の美咲です。今日は、皆さんがまるやまスーパーに望むことを率直に教えていただきたいと思います」
和やかな雰囲気の中、顧客たちは次々と意見を述べた。
「お総菜の種類が増えるといいわね。一人暮らしだから、作るより買った方が楽なのよ」
「野菜は新鮮さが一番。たまに鮮度が落ちているものがあるから気をつけてほしい」
「重い物を家まで届けてくれるサービスは本当にありがたい。これからも続けてほしい」
美咲は熱心にメモを取りながら、時々質問を投げかけた。
「もし商品を減らすとしたら、どんなものなら困りませんか?」
「そうねぇ…同じようなお菓子がたくさんあっても選びきれないわ。種類は少なくていいから、定番のものがあればいい」
「大きなサイズのものはあまり買わないわね。二人暮らしだから」
ミーティングは予定の1時間を超え、90分続いた。最後に小林さんが言った言葉が印象的だった。
「値段が安いに越したことはないけど、私たちにとってまるやまは『顔の見える関係』があるところなの。それがなくなったら、わざわざここに来る理由がなくなっちゃうわ」
ミーティング後、美咲は早速データをまとめ、翌日のスタッフミーティングで報告した。
「顧客ミーティングの結果、私たちの強みは『人間関係』と『便利さ』だということが明確になりました。特に、名前を覚えてもらえることや、相談できること、配達サービスなどが評価されています」
しかし、ここで森本が割り込んできた。
「それは知ってるよ。わざわざミーティングなんかしなくても」
「そうかもしれません。でも、数値で見ると、この『強み』を活かせていないんです」
美咲は続けた。
「例えば、顧客の声を基に選んだ『強化すべき商品』リストと、現在の在庫状況を比較すると、明らかにミスマッチがあります。また、『不要』とされた商品が依然として棚の20%を占めています」
森本の顔が赤くなった。
「それは俺の担当だから、俺を批判してるってことか?」
美咲は慌てて否定した。
「いいえ、そうではなく—」
「数字ばかり見て、現場を知らないくせに!」森本は声を荒げた。「お前の提案なんて、机上の空論だ!」
森本は資料を机に叩きつけ、会議室を出て行った。静寂が流れる中、健太が小声で言った。
「彼、最近特に神経質になってるんだ。孫の大学進学のことで悩んでるみたいで…」
美咲は深いため息をついた。データと論理だけでは人は動かないということを、痛感した瞬間だった。
失敗から学ぶ
顧客ミーティングの結果を受け、美咲は商品構成の見直しに着手した。森本の協力は得られなかったが、健太と相談しながら、「削減対象商品」の一部を実際に減らし、代わりに「強化すべき商品」の品揃えを増やした。
「これで、利益率が上がるはず…」
しかし、1週間後のデータは期待通りではなかった。全体の売上は5%減少し、来店客数も若干減っていた。
「なぜ…?理論的には正しいはずなのに」
美咲は混乱していた。そんな時、山田がレジから声をかけてきた。
「美咲ちゃん、お客さんから苦情が何件か来てるのよ。『いつもの商品がない』って」
「でも、事前にミーティングで確認したはずなのに…」
「参加したのは8人だけでしょ?他のお客さんは知らないわ」
その通りだった。美咲は基本的な変更管理の手順を怠っていた。顧客に対する十分な説明や心理的準備ができていなかったのだ。
さらに、森本の非協力的な態度も影響していた。彼は商品削減について、常連客に「経営者の娘が勝手に決めたことだから」と説明していたのだ。
閉店後、美咲は健太と二人で話し合った。
「失敗したわ…」
「いや、まだ始まったばかりだよ。TOCでも『継続的改善』が大事なんでしょ?」
健太の言葉に、美咲は弱く微笑んだ。
「そうね。理論と現実のギャップを埋めるのが私の役目なんだわ」
その夜、美咲は再び現状枝木図を見直した。そして、新たな気づきがあった。
「商品構成の見直しは正しいアプローチだけど、『人間関係』と『便利さ』という強みを活かす具体的な仕組みがない…」
さらに、もっと根本的な問題もあった。
「森本さんをはじめとするスタッフの協力がなければ、どんな改革も成功しない」
翌朝、美咲は早めに店に行き、森本を待っていた。彼が出勤してきたとき、美咲は深々と頭を下げた。
「森本さん、私の進め方が一方的でした。あなたの経験と知識を尊重せず、申し訳ありませんでした」
森本は少し驚いた様子だったが、表情を変えなかった。
「…何が言いたい?」
「もう一度やり直させてください。今度は森本さんの意見を最大限に取り入れながら。あなたの経験は、私にはない貴重な資産です」
森本はしばらく黙っていたが、やがてぶっきらぼうに言った。
「分かった。だが、俺の意見を無視するなら、二度と協力しないからな」
「ありがとうございます」
この日から、美咲のアプローチは変わった。TOCの理論をそのまま適用するのではなく、現場の知恵と融合させる方法を模索し始めたのだ。
「顧客ミーティング」という発想
最初の失敗から学び、美咲は新たなアプローチを考案した。それが、拡大版の「顧客ミーティング」だった。
「今度は『お客様感謝デー』として開催します。お茶とお菓子を用意して、気軽に意見交換できる場にしましょう」
今回は事前に告知ポスターを貼り、レジでチラシを配布。「あなたの声を聞かせてください」というキャッチフレーズで、参加者には500円分の商品券をプレゼントすることにした。
準備の過程で、美咲は意識的に森本に相談するようにした。
「森本さん、どんなお客様に特に来てほしいですか?」
「そうだな…火曜市の常連は大事にしたいな。あと、最近来なくなった人たちの声も聞きたい」
「なるほど。では、前回来てくれた方に電話で案内するとき、『知り合いで最近あまり来ていない方がいれば、一緒に誘ってください』とお願いしてみます」
このような細かな会話を重ねることで、森本との関係は少しずつ改善していった。彼の豊富な経験と顧客知識は、美咲のデータ分析を補完するものだった。
「お客様感謝デー」当日、予想以上の30人が参加した。美咲は参加者を5〜6人の小グループに分け、各テーブルにスタッフを1人ずつ配置。テーマごとに意見を出し合ってもらった。
「まるやまスーパーの良いところは?」 「改善してほしいところは?」 「あったら便利な商品やサービスは?」 「MMスーパーではなく、まるやまを選ぶ理由は?」
各グループからの意見をまとめると、興味深いパターンが見えてきた。
「まるやまの良さ」として最も多かったのは「スタッフとの関係」「相談できる」「名前を覚えてもらえる」などの人間関係に関するものだった。
改善点としては「品揃えの充実」「鮮度の向上」「価格の見直し」が挙げられたが、同時に「無理に大型店と同じになる必要はない」という意見も多かった。
最も注目すべきは、「あったら便利なサービス」の回答だった。
「宅配サービスの拡充」 「電話注文の受付」 「料理レシピの提供」 「少量パックの増加」 「地元産品の拡充」
これらは、大型店ではできない、または力を入れていないサービスばかりだった。
ミーティング終了後、美咲はスタッフ全員で振り返りを行った。
「皆さんのおかげで、貴重な声を集めることができました。特に、『人間関係』と『便利さ』という私たちの強みを、さらに強化する方向性が見えてきました」
今回は森本も積極的に発言した。
「確かに、電話注文は昔からたまに受けてたけど、正式なサービスにしたことはなかったな。組織化すれば、差別化になるかもしれない」
美咲は続けた。
「次のステップとして、『顧客第一のまるやま』プロジェクトを立ち上げたいと思います。皆さんの得意分野を活かして、いくつかの小チームに分かれて取り組みましょう」
彼女は具体的なチーム構成を提案した。
「『御用聞きチーム』…山田さんリーダーで、電話注文と宅配の強化」 「『商品開発チーム』…森本さんリーダーで、地元産品の開発と料理レシピの提供」 「『店舗改善チーム』…健太くんリーダーで、レイアウトと品揃えの最適化」
スタッフたちは自分の名前と役割が明確になったことで、興味を示し始めた。特に森本は、自分の経験が評価されたことで、態度が柔らかくなっていた。
美咲は心の中でつぶやいた。
「制約を武器に変える…それは理論だけでなく、人の心も動かすことなんだ」