TOCが教える地方スーパー再生の全戦略 第2章 – 「制約の発見」

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眠れぬ夜の分析

深夜午前1時、美咲の部屋には無数の付箋が壁いっぱいに貼られていた。

「これが現状…」

赤、青、黄色の付箋には、まるやまスーパーの問題点が書かれている。そして、それらを結ぶ矢印が、因果関係を示していた。

赤い付箋:「売上の減少」「利益率の低下」「資金不足」—望ましくない結果(UDE) 青い付箋:「大型店の出店」「人口減少」「高齢化」—外部要因 黄色い付箋:「商品構成の硬直化」「価格競争への参加」「マーケティング不足」—内部要因

美咲はため息をついた。壁に貼られた現状枝木図はまだ完全ではなかった。特に、これらの問題の根本原因—コア問題—が見えてこない。

「もっと深掘りしないと…」

彼女は新しい付箋を手に取った。

「『なぜ』をもう一度繰り返そう」

「なぜ商品構成が硬直化したのか?」 「→長年変えてこなかったから」 「なぜ変えてこなかったのか?」 「→『変える必要がない』と思っていたから」 「なぜそう思っていたのか?」 「→売上の減少を『一時的なもの』と捉えていたから」 「なぜそう捉えていたのか?」 「→変化を認めたくなかったから?それとも…」

美咲は立ち止まった。ここに来て、答えが分岐する。本当の理由は何だろう?

ふと、森本の怒りの言葉が頭をよぎった。「東京の理屈はいい。ここは地方だ。客は値段と鮮度しか見ない」

「それか…」

美咲は緑の付箋を取り出し、大きく書いた。

「価格でしか勝負できないという思い込み」

これはパラダイム制約かもしれない。しかし、本当にそうなのか確かめる必要がある。

「明日は、実際に顧客の声を聞いてみよう」

その決意を胸に、美咲は疲れた目をこすった。時計を見ると、もう午前2時を回っていた。

顧客の本音

翌朝、美咲は早めに店に出向き、レジ担当の山田千代子(67歳)に声をかけた。

「山田さん、少し相談があるんですが…」

山田は40年以上まるやまスーパーで働いており、ほとんどの常連客の名前と好みを記憶している生き字引のような存在だった。

「何かしら?美咲ちゃん」

「常連のお客様に、ちょっとしたアンケートをしたいんです。買い物の理由や、改善点を聞きたくて…」

山田は少し驚いた様子を見せたが、すぐに微笑んだ。

「いいわよ。でも、書類なんかじゃなくて、おしゃべりみたいに聞いた方がいいわ。うちのお客さん、そういうのが好きだから」

「そうですね…そうします」

山田の助言を受け、美咲は午前中、レジ横に立ち、会計を終えた顧客に声をかけた。最初は戸惑う人もいたが、「城山さんの娘さん」と分かると、多くの人が親切に応じてくれた。

午後には、山田が教えてくれた「御用聞き」と呼ばれる訪問サービスに同行した。このサービスは、足腰の弱った高齢者のために、週に一度、注文を聞きに行くというものだった。

「小林さん、こんにちは。今日は美咲ちゃんも来てるわよ」

小林みどり(78歳)は、地域の口コミリーダー的存在の一人暮らしの女性だった。彼女は美咲を見ると、嬉しそうに迎え入れた。

「まあ、美咲ちゃん!大きくなったわねえ。東京で働いてるって聞いたけど、帰ってきたの?」

「しばらくの間、父の店を手伝うことになりました」

「そう。大変ね。あの店、最近元気がないもの」

美咲はチャンスとばかりに尋ねた。

「小林さん、率直に聞かせてください。まるやまスーパーのどこが良くて、どこが改善すべきだと思いますか?」

小林は考え込むそぶりを見せた後、ゆっくりと話し始めた。

「良い点はね、やっぱり顔見知りってこと。レジの山田さんは私の好みを全部知ってるし、体調が悪いときは気遣ってくれる。MMスーパーじゃ、そんなことないわ」

「そうですか…」

「でもねえ、品揃えが少ないのと、たまに鮮度が落ちてる野菜があるのが気になるわ。それから…」

小林は少し言いづらそうにしていた。

「何でも言ってください」美咲が促すと、小林は小声で続けた。

「値段が高いの。年金暮らしだから、どうしても安いところに行きたくなるのよ。でも、重いものはまるやまで買うわ。家まで運んでくれるから」

その後も、十数人の顧客から話を聞いたことで、美咲は新たな気づきを得た。顧客がまるやまスーパーを選ぶ理由は、「価格」だけではなかったのだ。

「人間関係」「近さ」「配達サービス」「相談できる」「顔を覚えてくれている」

これらのキーワードが、美咲のノートに並んでいた。

現状枝木図の作成

夜、美咲は再び現状枝木図と向き合った。今日の発見を加え、因果関係をより明確にしていく。

「私たちは『価格でしか勝負できない』と思い込んでいる…」

その思い込みが、どのような結果を生んでいるのか。美咲は矢印を引いていった。

「価格でしか勝負できないと思い込んでいる」 ↓ 「特売に頼る販売戦略を取っている」 ↓ 「利益率が低下している」 ↓ 「設備投資や品揃え拡充の余裕がない」 ↓ 「店舗の魅力が低下している」 ↓ 「顧客が減少している」 ↓ 「売上が減少している」 ↓ 「さらに価格競争に走る」

この悪循環の図を見て、美咲は息をのんだ。

「これは…負のサイクルだ」

そして、顧客との会話から得た別の視点も加えた。

「顧客が実際に求めているのは」 「・人間関係(顔見知り、相談)」 「・便利さ(近さ、配達)」 「・安心感(鮮度、相談できる)」

これらの要素は、価格以外の価値だ。しかし、「価格でしか勝負できない」という思い込みが、これらの強みを活かせていない状況を作り出していた。

「パラダイム制約…これが私たちのコア問題かもしれない」

美咲は、高橋教授に相談してみようと決意した。

高橋教授とのオンライン対話

翌日の夕方、美咲はオンラインビデオ通話で高橋教授と話をすることになった。

「先生、お時間をいただきありがとうございます」

画面越しに映る高橋教授は、白髪混じりの髪を後ろに撫でつけ、相変わらず厳格な印象を与えながらも、優しい微笑みを浮かべていた。

「美咲さん、久しぶり。ゼミの頃より少し大人になったね」

「まだまだです。こんなことで相談するなんて…」

「そんなことはない。実践の場でTOCを活用しようとしているのは素晴らしいことだ。さて、状況を聞かせてくれるかい?」

美咲は、まるやまスーパーの現状と、自分が作成した現状枝木図について説明した。特に、「価格でしか勝負できない」というパラダイム制約について詳しく話した。

高橋教授は、美咲の説明を聞きながら頷いていた。

「なるほど、よく分析できているね。TOCの基本的な考え方を覚えているかい?」

「はい。システムの目標達成を妨げるのは、たった一つの制約だけである…という考え方です」

「そう。そして制約には3つのタイプがある。物理的制約、方針の制約、そしてパラダイム制約だ。君が指摘した『価格でしか勝負できない』という思い込みは、最も根本的なパラダイム制約かもしれないね」

「でも先生、実際に価格は重要な要素です。顧客も『値段が高い』と言っていました」

高橋教授は微笑んだ。

「価格が重要だということと、『価格だけ』が重要だということは別だよ。君が聞いた顧客の声を思い出してごらん。彼らが評価しているのは他の要素もあるはずだ」

美咲は自分のノートを見直した。

「確かに…人間関係や便利さ、安心感を求める声もありました」

「そう。TOCでは、制約を特定した後、どうするか知っているかい?」

「制約を最大限に活用する…ですよね?」

「その通り。制約を認識し、それを最大限に活用する。そして、他のすべてを制約に従属させる」

高橋教授は続けた。

「例えば、『価格でしか勝負できない』というパラダイムを変えるなら、『私たちはどんな価値で勝負できるのか』を考える必要がある。そして、その価値を最大化するために、システム全体をどう調整するか」

美咲は目を輝かせた。

「それは…例えば、人間関係や便利さという価値を強化するために、商品構成や接客方法、店舗レイアウトを再考する…ということでしょうか」

「そうだ。TOCは『制約をなくす』のではなく、『制約を活かす』思考法だ。小規模であるという物理的制約も、適切に活用すれば強みになる。大型店にはできない機動性や顧客との距離感を活かせるはずだ」

会話は一時間以上続き、美咲は多くの気づきを得た。特に印象的だったのは、高橋教授の最後の言葉だった。

「美咲さん、覚えておいてほしい。TOCは完璧な理論ではない。大切なのは考え方であって、それを現場でどう活かすかは君次第だ。理論と現実の間には常にギャップがある。そのギャップを埋めるのが、実践者としての君の役割だよ」

「はい、ありがとうございます」

通話を終えた美咲は、新たな決意と視点を持って、明日からの行動を考え始めた。

「制約を武器に変える…そのために、まず自分たちの思考の制約を解き放つ必要がある」