難病時代の頃を思い出してみる 自覚症状~入院まで

今回は特に「はじめに」~とかはつけない。

ふと思い出して何か書いてみたくなった。

 

僕は今から24年前、難病指定重症筋無力症(以下MGと書く)という

病気にかかった。干支2周したせいか懐かしくなって

書く気になったのかもしれん。

 

ちなみに発覚したのが24年前なので

本当はもっと前にかかったのかもしれないけれど

まあ、いいか、その辺りは。

 

重症筋無力症とは

筋力低下が主症状。外眼筋の筋力低下による複視や眼瞼下垂(高頻度)・構音障害・嚥下困難など、頭部から症状が現れることが多い。85%の患者に、四肢の筋力低下が近位筋優位に起こり、歩行障害をはじめとした各種運動障害の原因となる。様々な条件が重なりクリーゼが起こると、球麻痺や呼吸筋の筋力低下による呼吸停止が起こる場合もある。 by wikipedia

 

あまり記憶にないのだければ

当時、瞼が殆ど開いていない&身体が動かないという

状態になったので住んでいた町のお医者さんに診察してもらった

気がする。

 

その時のお医者さんが僕の症状がMGの症状であることを見抜き

すぐに警察病院に行くように言った。

(その先生は警察病院に勤めていたため。)

 

まあ、そんな事もあり警察病院にいったわけさ。

当時僕は幼稚園だった。

幼稚園を休んで病院にいった。

 

今は移転したらしいけど

24年前は飯田橋にあった。

(この辺りはまた今度書く。)

 

今でも覚えているが途中で叔父にあった。

何を言われたかは覚えてないけどね。

 

警察病院についた後、受付に行き小児科へ。

小児科について診察券をだしてしばらくしてから

診察室に入った。

 

中には女医さんと研修医の女性の先生がいた。

僕の検査が始まった。目がちゃんと動くか?身体がちゃんと反応するか?

検査が始まる。この辺りはMGにかかっている人は共通だと思う。

 

ちなみに僕は身体がまともに動かないというほどではないけど

階段の昇り降りはできなかった。

手すりにつかまってギリギリのラインだった。

 

当時はそれを不思議に思わなかった気がする。

あんま覚えてないけど。

でも、これは普通ではないことは今ならわかる。

 

一番症状が出ていたのは

眼だったからなのか?覚えてないけど眼科検診へ。

これ当時の人は覚えてるかもしれないけど

超~~並ぶんだよね。。。

 

ちょっと懐かしいw

 

そして、全ての検査が終わった。

これ以降の記憶はちょっとあいまいなんだけど

この時に僕の一回目の入院が決まった気がする。

 

というのも、数日後に御茶ノ水にある

「瀬川小児神経学クリニック」にいったわけ。

警察病院では検査できなかったのか?

よく覚えてないけど、そこに専門の先生がいるからという

理由でそこにいった。と思う。。

(まさか、そこに20年以上通うことになるとはね。。)

 

さて、「瀬川小児神経学クリニック」に初めて行ったときの感想だけど

検査が痛かったことと先生怖かったくらいしか覚えてないw

痛い検査というのは筋電図。

 

僕の腕に変なのをつけて

身体に電気を流してその状態をみるための機械。

やってみるとわかるけど、あれ痛いんだよねw

当時4歳、超泣いた記憶がある。

 

この時に先生に怒られた記憶がある。

当たり前だよね、検査中なのに。。

今ここで誤ります。ごめんなさい。

 

筋電図が終わった後に、

しばらくして、検査室に呼ばれた。

 

眼の動きをみたり、なんか片足で立てるか?とか

爪先立ちできるか?とか足の先とかかとをくっつけて

まっすぐ歩けるか?など検査された。

 

もろもろの検査結果は

まあ、僕がMGだってことを証明したわけさ。

ちなみに僕はこの時ちゃんと理解をしていなかった。

と思う。

 

この後、入院するんだけど

確か近いうちに幼稚園でイベント?があって

終わってから入院させたいと母が言っていた気がする。

 

そのため、イベントが終わってから僕は警察病院に入院をした。

 

僕の病院生活の始まりだ。

 

ちょっと長くなったので次に続く。

(長くなりそうだな~)

 

ちなみに、24年前のことなので

細部が怪しいかもしれません。

時系列逆になったりしてるかも。

 

次へつづく

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